ライブ・ツアー

ゆかりっく Fes 18 in Japan感想

辞めてもいいと思っているけども、やるならちゃんとやりたいし何か新しいことをしたいよね。
と言う気持ちを今回のFesが始まる1週間前までしっくりとは理解出来ていなかったんです。


一方で自分は今の会社を明日辞めてもいいやと考えていて、丁度その日もどーでもいい会議に参加する為に電車に乗るのが馬鹿馬鹿しくなって海を見てました。

そんなにテキトーに働いている割には幸運な事に評価してくれる人や引き止めてくれる人がいて、
彼らがFes2週間前にこっそり予算だけ取ってまぁ来年も好きにやりなよと半ば押し付けられました。
ゆかりさんも突然ライブ会場を押さえられて、じゃあどうしようかなぁ…の様なテンションでライブ開催の企画を考えると言う、
周りから見たら本来順番が逆の意思決定を続けている所が自分の今の境遇と考えようによっては少しだけ似ている様な気がしています。

自分の仕事内容を分かりやすく言うと会社の研究部で研究しています。
研究と言うと、大学の先生が実態を知ったら開いた口を塞ぐ手術が必要になるので、もう少し正確に言うと研究の応用企画です。

ゆかりさんが仕事(の1つ)で任されて毎度自分でいい出した癖にしんどさで二度とやりたくなくなるけども終わったら何だか達成感が得られると言う
部分は何と無く私の仕事に似ているなぁと思っています。

私は大学と共同でプロジェクトをする事が多く、おおよそ3,4の研究室の教授や学生と取り組むのですが、こちらの意図が相手に伝わるのに半年から1年かかります。
つまり卒論の”まえがき”を自分の言葉で書けて、何か一つ自分からアイディアが出るぐらいに研究意義を理解してもらえるのにそのぐらいかかります。
今回、田村ゆかりを作っている人達にとって「幕張メッセで1人でフェスをする」と企画・実行することは私の想像では研究意図を伝えるのに時間がかかってしまう様な難しさがあったと考えています。


そもそも考え方が斬新すぎて自分の運営?レーベル?に伝えるのすら大変だったんでは無かろうか?
広い野外の会場ならいざ知らず、室内の会場でモグモグ広場、王国博物館、美術館、ももえもん(の不気味な墓場)セメタリーを作ったら会場費の浪費かよとファンサのスペースを少し縮小しては?と私なら言われる気がします。
(私であればその広さがねーとフェス感でねぇじゃねーか面倒くせぇとか言いながら家で酒を飲む日もあったかもしれません。。。)

ヘルズゲートを通ると指定とサブとセンターがあって、実は遊ぶ側から見るとこのセンタースタンディングエリアがものすごく重要でした。
プロなんだから分かってるよと運営に笑われそうですがMotsuさんのこのツイートを見るにやっぱり斬新だったと思うので、どう重要だったのか書き残しておこうと思います。

最初はいつものゆかりさんのライブの延長線上に考えていたので、どっちのステージにも入れるように(出来れば前で見れるように)両方のチケットを購入していました。
予想はしていたんですが、指定席では小刻みおじさんをするには狭くて、サブステージエリアはエネルギーが無いと居るのが辛い。
そこでセンタースタンディングエリアに行って見たら寝れる程広くてオタ芸してもスペース的には問題の無い快適な場所でした。(私はしませんが…)

このスペースが会場内の隅ではなくて文字通り中央にあって、挙句専用チケットが不要なので周りに馴染めない人は誰でも入れます。
更にセンタースタンディングエリア内ですら自分の馴染むエリアを探せるので、凄くいい状況を生んでいると感じました。
これはゆかりさんのライブに限った話かもしれませんが、毎回ゆかりさんが座っていいと指示をしないといけない様なあの野暮ったい雰囲気も無くて良かった。

9年前ぐらいに「10th Anniversary Live ランティス祭り」と言うのが富士急ハイランドであって、それが自分のFes初体験だったんですが、その時も野外で屋台があって、bambooさんが屋台に並んでたり、ステージを見ずに後ろでやたら眩しい光る棒を囲んで見たりFesっていいなぁーとその自由度に感動していました。

ところが今回は屋内にもかかわらずそれを超える自由度で、エリア間の通行はリストバンドだけで良くて、ゆかり丸が運行中でさえ運行予定ルート以外の通路は自由にエリア移動が出来てしまう。
あんまり移動が自由なのが純粋に嬉しく、気が向いたときにフードを買いに行けたりトイレに行ったり次の曲に備えて友人と待ち合わせしてみたりとフェスの良さがそのまま存在していたと思います。
モグモグ広場と会場のあの超ゆるい距離だったり、ふらっと行けるトイレの数は、幕張かビッグサイトでないとおそらく成立するのが難しかったと思います。

今こそ田村ゆかりプリアラ伝説の記事で話題に出した雑誌のインタビューに、小規模でやって欲しい様な雰囲気はファンから感じているけれども、「今の規模でしかやれないことがあるから、もうちょっと待ってね。」と話してくれた通りに今回はこの規模で無いと恐らく開催が不可能で、尚且つ「Fesだから。」と言う魔法の言葉で自分の感じていたむなしさを今回は自ら解消できてしまったんではなかろうか。

こんなに大規模で、新曲全部が楽しい。

MAGESさんであれば、例えばエリア間移動のシステムを利用してゆかり丸を追いかける子や広いフリースペースで好き勝手に遊んで、挙句飲酒している可能性もあって運営するのがめんどくさくて乗り気で無かったのではなかろうかと想像しています。
では、ファンを信用してくれて、王国民だから大丈夫とやってくれたんだろうか?と言うか、ファンと一緒に歳をとっていけるってどう言う状態なんだろうか?
(ナタリーさんのインタビュー記事)

約10年前に、ゆかりちゃん祭りが東京ドームシティホール?(旧JCB ホール)で開催されて翌年3月には今回と同じ会場であるメッセでDMCツアー千秋楽があって
その時自分らはどう楽しんでいたのか。
確かメチャクチャ飛んで絞るほど汗かいて楽しくライブに参加していたと記憶しています。(今は他のアニソン現場で飛ぶのはマナー違反になって居るそうで。驚いた…)

客席の雰囲気はライブDVDを見たら分かりますが、主観的に皆んながどう思っていたのか、お客さんの感想がサクっと検索して出てくる所がゆかり王国らしくて好きです。

うさぎさんとぶらり王国旅さん

秋だ、一番!ドアラ祭り!-1日目

羊飼いの戯言さん

恋せよゆかり姫のMJ日記さん

そーして前々からTLでボソボソ話されていた通りに飛びたくても体がついてこなくなった人が多くなって、
でも飛んでる人に対しては文化が古いせいか別に好きにしたらと寛容な感じの人が多くて、
何なら結婚するファンが増えたとゆかりさんがMCでネタにするぐらい普通に存在するようになって、
女性が増えてその分イラストやらフラスタやらパペットが豪華になっていって、
確かに求めているものはもしかして昔のゆかりさん像なのかもしれないけれど実際問題、需要は変わったよねと言う認識はあります。

アンパンマンの歌がそのまま流れて、これは何なんすか…と思っていたらその歌で子供が盛り上がったそうで、
そんな需要もあったのかと間抜けなことに衝撃を受けました。

ちゃんとファンを見ていて、尚且つ斬新な発想でチャレンジをしてくれたゆかりさんのお陰で、今回は心の底から楽しめた運のいい側の人間でした。
綺麗な思い出だねと終わってもいいのですが、残念だった部分も知ってしまったので、いい時だけ王国民面して、後は知らんというのは無責任だろうと考え、最後に残念に思ったことを書き残そうと思います。

スタンディングエリアで女性の胸を揉むアホは王国民じゃ無くて、今回だけ来るような最低の人間だったんだろうか?
移動の自由をこれだけ貰っておいて子供の泣き声が煩いとわざわざtwitterで発言する人は、やっぱりゆかりさんが信用してくれている王国民じゃ無くてなんちゃって王国民だから仕方ないんだろうか?

偶然、日本語で説明するならゆかりさんと同じ様な気持ち?境遇?になったので、自分がそーゆーことを知ってしまった場合を想像してみると
それはもう政治と言うか道徳と言うか自分じゃ解決しないんでない?と考えて、
自分がここまで出来ただけで上出来で、悲しいけど次はもう他のことしようと案外何の躊躇いもなくサクッと辞めるよなーと思います。

ゆかりさんが聞いたら全然違う見当違いのことを馬鹿なファンが(それもやっぱり男だよと。)考えていることに苦笑いされるでしょうけれども。

日向修二製作所さん「ゆかりっくフェスは会場のほぼ全員が全アーティスト大好きっていう神フェス」

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